33億6000万円

話す大人です

『草枕』と創造態度

陳腐なドラマを殺すぞ!の気持ちで作品づくりに取り組んだ経験があるなら夏目漱石草枕』は多少以上刺さると思う。長年積んでたけどようやく読んだ。途中京極夏彦の一番読みにくいとこみたいになってきて読みにくかったけど。以下感想というか思想の話です。未読の人にも既読の人にも分からんかも。なんとなく通じるよ、と思ってくれる人がいれば有難い。

 

祖父に漱石は『こころ』よりよっぽど草枕や行人がおもしろいぞと昔言われたがなるほど確かにというところもあった。『草枕』と『こころ』を比べてみると後者は作者本人が「こんなんクサいぜ、人間が人間して人間関係してるじゃねえか」と思いながら書いてる香りがなんとなく立ちのぼっているような気がしなくもない。偏見かも。

いくら傑作でも人情を離れた芝居はない。理非を絶した小説も少かろう。どこまでも世間を出ることができぬのが彼らの特色である。(……….)どこまでも同情だとか、愛だとか、正義だとか、自由だとか、浮世の観工場にあるものだけで用を弁じている。いくら詩的になっても地面の上を駆けあるいて、銭の勘定を忘れるひまがない。シェレーが雲雀を聞いて嘆息したのも無理はない。

ストーリーテリングでなさ」にパチッと舵を切り、風景の提示と、語り手の思想の提示に終始している『草枕』は気持ちがいい。もちろんそこには同情も自由も驚きも喜びもあるんだけど、すごく個人的で過剰なところがない気がする。

収斂していくドラマ、みたいな意味での物語性は多分自覚的に低いが、その方がいい。ただ那美さんのキャラクターがあまりにもいいから、彼女がこの作品をただの無為小説、語り手による芸術論の観想だけの絵にしてくれない。那美さんも色々バックグラウンドとしては読んでてキツイところもあるはずなのだが、あまりにも素敵なので、この本ならつらい思いをしてる女友達にすすめてもいいかなと思える。(女性の描写がひどい作品は人に勧められない。古典小説の場合特に気を使う。古典に限らずちょっと前の漫画やドラマなんてもっとその傾向が強い気がするが)

那美さん、よすぎて抜粋するところがないよ 登場部分全部抜き出さなきゃいけなくなる

草枕』は那美さんの素敵さで人に勧められると同時に、作品論や創作論としても非常に誠実なようなそうでもないような、しかし頭をブン回して創作しては自分と社会を殴り転がり回っているような頭のいい友人にはぜひ勧めたいと思えるような箇所がそこかしこにあったので、いいものを読んだなあという気持ちになった。

 

物語をやりながら漱石いうところの「非人情」をやりたいと思ったことがある人は少なくなくあってほしい、というか自分はそう。「意味を殺す」「ただそこにある何か」「あるけど誰も気に留めない何か」「ただの風景、ただの必然性、価値判断なし」みたいな言い方を自分はしてきたが、そういうものを書きたいし、そういう作品に触れたり作ったり読み解いたりそういう解釈をできる人と話したい。

「意味を殺すぞ〜!」は頻繁に掲げるスローガンだが、どういうことかを上手に言い換えるのかは難しい。そもそも私の語彙ではなくて、尊敬する表現者がよく使う言葉をもらって使っているからなんだけど……ただなんというか、なんでも誰でも食える情緒(特に性愛や恋愛、心の結びつき)に落とし込んでやるもんか、よくある道徳の教科書みてえなつまらん情緒を万物に代入させねえぞ、すべてを個別具体的に見て見たままのことだけ書くぞ、みたいなのが近いと思う。子どもが「ふーん」と言ったんだったら子どもがふーんと言っただけなんだみたいな……何か受け手が勝手なことを妄想すんなというか………伝わる????人を思いやるなって意味じゃないんだけど………

運命は卒然としてこの二人を一堂のうちに会したるのみにて、その他には何事をも語らぬ。

これ…………ありがとう漱石先生……

「きみがぼくが」とか言いたくない。出会って運命❤️必然❤️愛❤️もやりたくない。ただ必然を書きたいし、ぼんやりと出会ってぼんやり離れていくものを書きたい。うれしくも悲しくもないけどぼんやり何か笑ってるとか、誰1人いない涼しい夏の朝をこれが愛そのものだと思うとか、きみとぼくで完結できる世界なんて一個もなくて「自分」と「社会」に全部吸われるとか。とにかく何も起こってないか、何も思ってない、そういう風景がもっとほしいな〜といつも思っている。ドラマティック疲れとロマンティックラブ嫌いのコンボなのかもしれない。

遠くから見ること、むやみに没入しないことなのかな……?ロマンティックもドラマティックも効果的に現れる分にはグッと来ることだってちゃんとあるんだけど

 

ま、漱石が天才なのはこれ読んでワアワア自分の創作論や芸術論を語りまくる人間がこれまでにも500000000人くらいいたことなんだろうなって思う ゆえに天才 那美さんと「余」に下衆の勘ぐりするような読み解きする人間の8000万倍マシでしょう 非人情と明言されたものをさあ……(自分で想定した架空のものに自分でキレるな)

 

以前、能における「水の女」として那美さんを解釈してみる(そこへオフィーリアが重なってくる)、という論考に触れたことがあって、それで興味を持って草枕を買ったんだけど、そこは知識が甘すぎて今回十分読み解けなかった。書いてる漱石の知識量がとんでもないから、賢くなればなるほどいろんな層からの読み方ができるようになるんだろうな これを書いてる最中に祖母から「おばあちゃんは今草枕を読んでいます」というLINEが来てビビりました この言い方あまりしたくないけど血ってあるんだな……………

 

飲み込みにくくはあるけど読みやすさはあるし、ボリュームも展開数も把握しなきゃいけない登場人物の量もさほどでないので、緑茶と水ようかんとかが手元にある日に読むにはすごくいいと思う。またいろんな局面で読み返したいなと思える作品でした

草枕 (岩波文庫)

草枕 (岩波文庫)